製麺機が手打ちを超えていた話 

カテゴリ:相方Uさんの記事

  
   製麺機が手打ちを超えていた話



 人間、どこでプライドを失うかわかりません。
 それは私にとって、驚きと同時に、今まで自分がやってきた手打ちというものが、もはや不要な時代になっていたことを知らしめるものでした。
 ほったんは、あの粉です。
 その粉はとても風味がよく、手打ちうどんにして、一口食べた私は、その場で気にいったのですが、他の粉にくらべてグルテン量が多く、食感は硬いものでした。
 その粉は昔からお焼きに使われてきました。しかし、その粉だけで作ったうどんには、私は出会ったことはありません。
 その粉は河原嶋でうどん屋をするにあたり、とある製粉メーカーからサンプルとして送っていただいた長野県産の地粉でした。
 話しは変わります。
 私は手打ちをするつどに、人類の知恵を感じないではいられません。
 人は、そのままでは食べられない草の実を粉にして、熱を加えれば食べられることを発見しました。その粉が、さらに麺になるまでには、数百年か、あるいは千年単位の時間がかかっていたに違いありません。
 私の手打ちは蕎麦からはじまりましたが、何度、打っても、茹でるとばらばらになってしまいました。何べんもやり直し、蕎麦粉がようやくつながったのは、蕎麦打ちはじめて二十四回目のことでした。
 ところがうどんは、一回でつながりました。
 うどんは誰が打っても、おそらく一回目でつながります。うどんの手打ちは蕎麦にくらべ、はるかに簡単でした。
 ところがうどんは、やるほどに難しくなってゆきました。
 蕎麦の材料は蕎麦粉と水だけです。そこに人為のはいる余地はありません。うどんはそれに加えて、塩、寝かせ、捏ねが入ります。それに加減を考慮すると、組み合わせは無限で、蕎麦にはないそれらの工程に、人為のはいる隙間が懐ふかくあって、そのなかにはいってみると、そこは迷路でした。熟練した打ち手は、それらを巧みに編み、みずからが望む食感を手に入れていたのです。
当初、その粉は三十五パーセントしか水を呑んではくれませんでした。口を開けるのを拒んでいる意地っ張りな人のようでした。なるほど、たしかにそれは長野県の風土が育てた麦でした。私はそのかたくなさに敬服すらしました。
 私は半年かかって、その粉に四十三パーセントの水を呑ませられるようになりました。それでも、歯ざわりは硬いままです。もっと水を吸わさなければ、私の望む食感は得られないのですが、もはや切るカードすら見当たらなくなっていたのです。
 そんなときでした。
「製麺機をみにいかない」
 とメルママはいいました。
「しょせん機械ですから。手打ちにかなうわけがありません」
「みておいて損はないと思うよ」
 たしかに、そのとおりです。ヒントになることがあるかもしれないと思い、私はでかけることにしました。

 
その製麺機会社のオフィースは、東京の一等地にたっている大きなビルの一階にありました。
私はちょっとびっくりしました。たかが、といっては失礼ですが、その、たかがうどんを作るだけの機械を売って、こんなにも立派なビルに入れるものだろうか。
 私はこのときまで手打ちが一番と思っていたわけですが、このビルに入れるほど売れる製麺機をみたくなりました。メルママも私とおなじ感想をもったらしく、私たちは足早になって、その会社のドアをあけてみました。
 すると、清潔感あふれる白い廊下が目に飛び込んできました。うどんの現場にありがちな粉っぽさが全くなかったのです。廊下の突き当たりにはフロアが広がっているらしく、うどんの研修生だという人たちが、そこでうどんづくりに励んでいるのがみえました。
 私がイメージしていた製麺機の会社とは、およそかけはなれていましたが、しょせん機械です。手打ちにかなうはずがありません。
 私は担当の方にいいました。
「その粉は水を呑んではくれません。ですから、手を焼くとおもいます」
「しょせん、粉ですから」
 担当の方は、あっさりいいました。私はかえす言葉をうしないました。それから担当の方に導かれて、製麺機のあるフロアにゆきました。
 はじめてみるその機械は,洗練された最新鋭の鉄の塊にみえました。
 私はその機械のまえに立ってみました。まるで、飛行機のコクピットのようでした。
 担当の方はあらかじめ仕込んでおいたうどん玉を手にすると、私たちの眼の前で、あっという間にうどんにしてゆきました。私はその機械の手際のよさに圧倒され、気がつくと、称賛すらしている自分がいたのです。
「では、来週きてください。その粉を仕入れて、仕込んでおきますので」
 担当の方は、簡単にいうのでした。


「頼もしかったね。来週がたのしみ」
 帰りの車中でメルママがいいました。
「もし、そうなると、私の手打ちはどうなるの」
「だったら、やることないよ」
「ショックです。自分なりにやってきたことが、突然、大気圏に突入して、火ダルマになって、燃え尽きてしまうようです」
「私はそのほうがいいな。だって、Uさんがもし病気になったとしても、あの機械があれば、私もうどんが作れるから」
 私は複雑な気持ちになりました。店を安定的にながくやるには、メルママがいうように、人力よりも機械のほうがいいのかもしれません。しかも、それさえあれば、誰もが簡単にうどんを作れるのです。

 それから、一週間がたちました。
 私たちは製麺機メーカーの製麺室で、あの粉でつくったうどんを食べていました。食感はやはり硬いものでしたが、悪くはありません。なによりも、その粉独特の味は、つゆがなくても食べられほど美味しいものでした。
「どうですか」
 担当の方がいいました。
「水分量は」
「四十八パーセントにしてみました」
「四十八パーセント・・・」
 私は素直に凄いとおもいました。
「うどんに関しては、もう手打ちに意味はないのではないですか」
 担当の方の言葉に、私は頷くよりほかにありませんでした。
「私の知らないあいだに、製麺機が手打ちを超えていたのですね」
「早い速度で、時間をかけて水回しをすれば、四十八パーセントの水を入れることができます。手では無理です」
 私は製麺機にではなく、よりよい麺をつくるために、手打ちのシステムと粉を徹底的に調べたのであろう人たちに脱帽をしていました。大昔、草の実を粉にした人類は、今、さらなる未来にむかって羽ばたいているのを、大げさではなく、私は目の当たりにしたようでした。
「買おう」
 メルママはいました。
「そうだね」
 私はいいながら、ちょっと寂しかったのです。

 

コメント

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)