童話 誰もこない日 

カテゴリ:相方Uさんの記事


 童話 誰もこない日       

 きのうは大変な忙しさでした。
 犬の手も借りたいほどでしたが、愛犬メルの手のひらは肉球なので菜箸も持てません。
 午後二時半のオーダーストップのあとになって、三人連れがやってきました。麺は完売で、ご飯もあと二人ぶんしか残っていないので、お断りをしようと思っていると、コーヒーを飲みたいと言うのです。
 喫茶だけというお客様は初めてでした。メルママが三人様を店内にご案内しているのを眺めながら、ひとが来るときというものは、不思議と来るものなのだなと、神妙な感じがしたのでした。
 そして今日、メルママのつくったチョコレートシフォンケーキはいい出来なのに、誰もきません。


チョコシフォン
 きのう、ここに来られた人たちを思いおこしました。あの方たちは、きっと神様の使いで、空からやってきて、空に帰っていかれたのだな、と、そんな気がしてきたのです。
 耳をすますと、塩川の音がきこえます。
 夏のあいだ河原嶋をゆるがせていた川音も、秋の訪れとともにしおらしくなって、今はおごそかでさえあります。川の表であそんでいた岩魚たちも、いまごろは石の裏でじっとしていることでしょう。
 河原嶋の対岸の木々はすっかり葉を落としました。それでも晴れやかにみえるのは、腕を広げているような枝の先まで、空にむかって張りつめているからなのでしょう。
 今日はけっきょく、誰もきませんでした。
 営業時間のうちに片づけをおえて、閉店時間を待ちわびたように、ぼくたちは車に乗ってでかけました。
 塩川谷の底にある河原嶋から、天につづいているような細い林道をのぼってゆくと、紫色のあらゆる諧調でよそおっている山がみえてきました。さらにゆくと、山の浪間に埋まっているような人家がみえてきました。
沢井集落3
 夏のあいだ勢力をきそっていた木々たちも、いまは周囲と同調し、すべてが優しく、愛らしくみえます。なにか、食欲をそそられるものさえあります。
 秋の神様が、ケーキづくりの職人になって、山も、家も、空気さえも、甘味たっぷりのチョコレートで塗りかえてしまったようでした。
 ヨダレを流しながら車を走らせていると、緑色の葉をどっさりと身につけている逆さイチョウの木がみえてきました。
さかさいちょう

 御堂の境内で、ひとり青々とした葉を茂らせているイチョウの木は、この世を流れている時間に逆らってでもいるようでした。なるほど、それはたしかに逆さイチョウなのかもしれません。
「あのイチョウ、男なのよ」
 メルママが言いました。
 逆さイチョウとは道路をへだてた高台にある背たけの低いイチョウの木は、どれもがギンナンを落としています。
「なるほど。あやつが種をまき散らしているのだな」
 ともかく、元気がいいのはいいことなのであった。
 笑っているメルママの肩ごしに、ススキの原がひろがっています。
沢井集落2

 眼にうつるどの山も、紫芋でつくったクリームでデコレーションしたようでした。ぼくは、ケーキでできた御伽の国に迷い込んでしまったようでした。
沢井集落4

 どれもが美味そうなのです。
「どこから食べようかしら」
「稜線の、黄色のところから食べるかな」
「あそこはいちばん美味しいところよ。わたしは手前の緑から食べていって、あれは最後までとっておく」
 いつかメルママは、そうやって残しておいたのを落としてしまい、悲しそうな顔をしていました。
「美味しいところから食べないと、はいそれまーで~よ~ってこともありまっせ」
 ぼくはいつも美味しいところから食べていたような気がします。ときどき、にがいものも食べたけれど、いまとなっては、そのどれもが、ほんとは美味しかったんだ。
 ぼくたちはカラ松の森をぬけて、大池高原につきました。

大池高原

 みはるかす一帯は銀色の雲に覆われていましたが、なにかしら明るく感じられるのは、木々が葉を落として空がよくみえるからなのでしょう。
 車外にでると、メルママは寒いと言って、すぐに車にもどりました。ぼくは山波を眺めていました。
 
 いつか、この時分の山を歩いたことがあります。
 そのとき、ぼくは無人小屋に泊まって、翌日は、木々が葉を落としてどこからでも空の見えるとっても明るくてごつごつとした稜線をくだって湖にでたのでした。
 湖のまわりは見はるかすススキの原でした。
 水辺にたたずんで、湖面にゆれている陽炎をみつめていると、山旅がよみがえってきて、なんとはなしに茫然としている僕の足元に、いつのまに集まっていたのか、ワカサギたちが水と戯れて、煌めいていたのでした。
 その輝きが水なのか、魚なのか、ぼくは眺めているうちに、もうどうでもよくなって、ずっとそれを見ているだけで、幸福になっていたのを思いだしました。

 あの輝きとおなじものが、いま、ここにあります。
 それは、瞬間の連なりの、そのつなぎ目を埋めている光。
 ぼくは車にもどって、落ち葉が雪崩れのように押しよせている林道に車を走らせました。
 すると、あたりがふいに明るくなりました。森がとぎれて、視界がひらけたのです。
沢井集落

 はるか南アルプスは雲に隠されてみえないのですが、ひとり塩川谷が山の高みへとのぼっているのがみえました。あの谷のどこかに、メルママの古民家はあります。それが見えないのが、残念なようでしたが、それでいいのです。
 ぼくは納得をしました。
 あの広大な風景を覆っている雲のきれまから、暮れかたの陽が大地にさしこみました。
 なんの前ぶれもなく光を浴びた木々たちは、紅葉を終えようとして身じまいをしているところでしたが、自分たちが生きた証のように、最後の美をたぎらせて、断末魔のように赤々と燃えあがりました。
 それはなんと美しくて、残酷な風景でしょう。そして、なんと幸福な終わりかたなのだろう。
 緑の残るイチョウの木は、枝先を天にのばし、まだ幼い声で、力のかぎり叫んでいるようでした。

 


テーマ : 写真日記 ジャンル : 日記

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