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古民家再生物語その7-ゴミ?いいえお宝です 

カテゴリ:古民家再生物語

大鹿村へ引越して、

ノイローゼにでもなりそうな事が一つありました。

それはゴミ出しのルールについての事でした。


・廃プラゴミ→リサイクル表示のあるプラスチックゴミはすべて洗って乾かして出す。


これには心底参りました...

納豆の入っているプラ容器、タレの小袋 はたまたインスタントラーメンのタレの入った小袋など

これらを洗って袋はハサミで切って開いて乾かしてからゴミに出すのですから。

また、ビン・缶の回収は2ヶ月に一度、

ビンについては無料で出せますが、

缶(アルミ缶を含む)の場合は有料袋を買ってそこに詰めてゴミ出しします。

アルミ缶が何故に有料~!?って信じられない思いでしたね~。


東京で住んでいた地では、有料のゴミ袋を買えば

廃プラも汚れたままで燃えるゴミとして出せてましたし、

ビン・缶も週に1度でもちろん無料回収。


「村」へ越してきてのゴミ出しルールの格差にほんと愕然ときたものです~。


今では慣れて全然平気ではありますが...





それでは、

「古民家再生物語その7-ゴミ?いいえお宝です」


始めます~

天保、文政年間の暦


襖紙を剥がして現れた江戸時代の暦に

メルパパも私も興奮したのはいうまでもありません!



江戸時代の暦
(文政4年の年号が読み取れる暦)


この古民家の築年数について、

不動産屋さんの話や自治会長さんの話によると

200年は経っているということだったのですが

はっきりとした確証は得られていなかったので

この江戸時代の暦の出現により

江戸時代の文政年間にはこの古民家が建っていたという証拠にもなったわけです。




慎重に、慎重に、

この江戸時代の暦を襖から剥がしました。

剥がした暦の裏側になにやら文字?かなにか書かれている様子で、

裏側を見てみると、


江戸時代の落書き


「い ろ は ・・・」の仮名文字や

肥桶をかついでいるような人の絵の落書きが見て取れました。

恐らく、江戸時代にこの古民家の住人だった

お子さんの落書きではないでしょうか~。

なんだか微笑ましいですよね...


この落書きを目にしたときは

思わずその時代の暮らしぶりに思いを馳せたものです。





古民家再生中



我々が暦に夢中になっている間も

着々と破壊工作は進んでおりました~。


メルパパも南側外壁の破壊工作作業へと戻ります。

私も再び破壊工作で出たゴミを屋外へ運び出す作業を始めました。



ゴミの中で、合板以外の材木や紙類については

母屋東側の空き地でゴミ出しを行ないながら

少しでも産業廃棄物を減らすため燃やしてゆきます。

よぉく乾いた古材ですので、勢い良くどんどん燃えました。



お札の入っていた藁俵

屋根裏から出てきた煤けた藁俵と木のお札も外へ運び出し、

そのまま勢い良く燃える火の中へ投入しようとしましたが

木のお札を何気に見てみると何やら文字が書かれてあるではないですか!


「むむっ! これはっ!!」


またもやメルパパを呼びに走りました~

十数枚のお札はどうやら護摩札のようで、

そのうち、文字が読み取れたものは4枚。


文化2年の護摩札
(文化2年の護摩札)
年号はすべて江戸時代の文化~天保時代の護摩札でした。


「文化の時代ってこりゃぁ浮世絵の

葛飾北斎安藤広重が活躍した時代じゃない~!」



煤けて汚れた木のお札が宝物に変わった瞬間でした。


こうなってくると藁俵の中にもお宝が入っているに違いない!と思い、

そのまま火にくべようと思っていた藁俵を開けて中身をチェックしました~。


すると出てくるわ出てくるわ~

江戸時代の暦、伊勢神宮のお札の類がたくさん出てきました。





古民家からいろいろと出てきた中で最も古い年号が読み取れたものは

護摩札の文化2年で、

西暦にすると1805年。

このことから我々の古民家の築年数は約200年くらいかと推測しました。



今でもこのとき出てきた護摩札や暦等々は

我々にとって宝物ですから大事に大事に保管してあります。



さてさて、破壊工作の方もだんだんと終盤へと近づいてきました。

母屋内部の壊す予定の場所はほぼ終了し、

母屋外側に設置されていた倉庫の破壊に取り掛かります。


南側、東側、西側の倉庫を順次取り壊してゆき、

どんどんと古民家は江戸時代に建っていた当初の

シンプルな構造へと戻っていきます。


8月のお盆前くらいに、破壊ミッションはひとまず終了しました~。

それと同時に破壊工作メンバーも解散です。

お盆休みが明けた頃より

いよいよ古民家の再生へ向けての工事の始まりです~!



To Be Continued...

テーマ : 田舎暮らし日記 ジャンル : ライフ

コメント

Re: 古民家再生物語その7-ゴミ?いいえお宝です

全国津々浦々、千差万別で様々なんでしょうね、きっと。
ゴミの処理、大変でしたね~ お察しします。
洗って乾かして等々は、業者が楽なように?の気がしますが。
多分「ナレルヨリ、ナレロ」だったのでしょうね~ よく馴染まれましたね~ エライ!
(資源として再生? といいますが、果たしてどこまでが、ですね。)

ところで、凄い家だったんですねーーー!驚きましたーーー
再生されて、きっとこの家に住んでいた先祖も、報われたことでしょう(笑)
こちらの家の祖先も、生活環境(子供の学生通学やら仕事面)から、引っ越されたのでしょうね。

それにしても、この築年数に比べれば、人間の寿命なんて……塵みたいに感じます。
自然は永遠なのに、人間は小さいもの…かな。ヽ(゚、。)ノ コケッ アハ

Re: 古民家再生物語その7-ゴミ?いいえお宝です

なんだか、テレビ鑑定団の特別番組みたいでしたね~
立て壊そうと思っていた家屋に鑑定団の数人が尋ねていき、
その場で値段をつけていくアレです(笑)

焼き物は出てこなかったかしら?

葛飾北斎だなんて!ロマン溢れますね~
想像したでけで、ワクワクします♪

Re: 古民家再生物語その7-ゴミ?いいえお宝です

貴重なものが、沢山出てきましたね!
今度、寄らせていただいた時には、是非一度見せていただきたいものです。

hahaさんへ

ほんと、ゴミ出しのルールは自治会によってかなり異なるのでしょうね~。
我々にとって大鹿のゴミ出しルールはとても煩雑なことに思われましたが、もっともっと大変なところがあるかもしれませんね~。

村人の中には、魚を干すための干しカゴを洗ったプラゴミを乾かすために使用していたりしますよ。
洗剤やお湯を使ってプラゴミの汚れを落とすなんて、逆に水質汚染やお湯を沸かす為のCO2の排出が増えるやろぉ~って思ってしまいます。

うちの周辺のお家はみんな古民家なので、築年数もうちと同じくらいらしいですよ。
建て替えせずに補修を繰り返して暮らしていらっしゃいます~。

200年の歴史を振り返ると、ほんとすごいですよね...
江戸時代に遡ってしまうのですから。
我々がこの家で過ごすひと時なんて、この家の歴史から見ればほんの泡沫の時って感じですね。

miyukiさんへ

フツーのテレビ鑑定団は見たことありますが、
特別編は...。

古民家の取り壊し現場へ出張して鑑定ですかぁ~
面白そうな内容ですね!

我が家の場合、蔵にはいろいろ古い物が残されていまして
日露戦争戦勝記念の杯とかありましたが、
あまり価値がないと聞きました。
天保年間の木のお碗もありますが、どっかしら欠けているため
これも価値は無いそうです。

この家の元の所有者が不動産屋に売却する前に、
蔵の中の金目の物はすべて持っていったと聞いてます...

takechanさんへ

暦の類、明治~昭和の間の教科書多数、
大正時代の家の平面図等々、なかなか面白い資料が出てきております。

特に家の平面図は家の相を占ってもらった結果が朱で記載されていて、
西側玄関が凶であるとか北東側の味噌蔵が凶であるとか書いてあるので面白いですよ~!

次回、お立ち寄りくださったときには是非見てやって下さいね!

Re: 古民家再生物語その7-ゴミ?いいえお宝です

うわぁ~、いつもながら楽しい展開で… 興味津々です。
築200年なんて、凄いです。我が家は、蔵の梁に慶応年間と建てた棟梁の名前が墨書されているので、蔵は築140余年、母屋はわかりませ~ん。
母と、”古い暦見たいね。家のニドイモが収穫できるようになったら、それを持っておじゃましようか…”、と話しています。ご迷惑かなぁ?

紫月さんへ

うちのご近所さんのお家はみんな古民家でいずれも古そうですよ~。
紫月さんちも蔵は築140年なんですか!
母屋もそれ相応な築年数ではないですか?

古い暦、いつでもお見せしますよ!
できましたら、お宿のお泊りのお客様がいらっしゃらない日の方が
こちらも落ち着いた気分でお話できるので有り難いかもです。

その際は手土産は無用でございます~
手ぶらでお母様といらして下さいね!!

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