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裏山の神様 

カテゴリ:相方Uさんの記事

  
  裏山の神様


 ながく歩かれていないらしいその道は、川向こうの山をくだってきて、河原嶋橋をわたると、メルママの古民家の庭をとおって裏山にのびています。
 それが秋葉古道だと知ったのは、つい最近のことです。
 ある日、車に乗って、メルママの家の裏山にある秋葉古道に沿ってできている道をのぼってゆくと、険しい山の斜面にてんてんと民家がみえてきました。
 そこは大鹿村の最奥にある集落で、あたり一帯は天の領域のように思える場所でした。
 私はそのとき、この集落の人たちは雲の上に住んでいるのだな、と思いました。事実、曇りの日に河原嶋橋から集落のある山をみると、そこは雲に隠されていたのでした。
 雲の上に住んでいる人たちがいる。私の頭上に神様でもいるような気になりました。

 あるとき、あの雲の上に住んでいる人がメルママの家にやってきました。
 といっても、見えたのは人影だったので、あわてて表に出ると、玄関の横に野菜がおかれていました。
 おおきな籠を背負って帰ってゆく人の背にむかって礼をいうと、その人は振りかえって、ちょっと頭をさげ、それから、ゆっくりと坂道をのぼってゆきました。
 メルママに野菜を届けるだけのために、あの急な道を歩いてきたのです。
 私があの道をたどって、雲の上の集落にゆくのは、ちょっと大変です。でも、雲の上に住んでいる人は、それが当然のように、ゆっくりと登ってゆきます。
 それは優しさという一言で済まされるものではありません。なにか、鋼のように強靭な魂とでもいうべきものを見ているようでした。それをすることが、その人にとって、生きてあるべき姿のように思えたのです。それをすることが、その人にとって、生きることのように思えてきたのです。
 大鹿村の中心地にある大河原の山肌が、小渋川にむかって凄絶に崩れている風景を私は思い浮かべました。
 それを初めてみたとき、南アルプスに抱かれた穏やかな村にしては、いかにも不似合いだったので、あの山崩れの凄惨な景色は、大鹿村のゆったりとした風景の玉に傷だな、と思ったものでした。
 それが昭和三十六年の大災害の爪痕で、小渋川の川底から立ちあがっている山の斜面にあった集落が消え去った後の姿だったことを知ったとき、その風景は語りかけてきました。
 多くの人がここで土砂崩れに巻き込まれて世を去った。天災にあわなくても、人はこの世を去る。はかない人間たち、心をあわせて、この世を明るく生きなさい。災害の跡地に植えられていた桜並木が、村人の鎮魂歌のように聞こえてきました。
 あの風景は大鹿村の人のようです。でなければ、野菜を届けるためだけのために、あの急な道を歩いてこられるものではありません。
 
 それから、日が流れました。
 雲の上に住んでいる人と、河原嶋橋のたもとで偶然に会いました。
 その人は、おそろしくゆっくりと歩いていました。その速さでは、いつ目的地に着くのかさえもわからないようで、私はふいに心配になりましたが、すぐに思い直しました。  
 あの速度は大鹿村の自然と一体になって生きている人のリズムに違いない。ゆったりと呼吸をしているような、あの歩速で行き着くところへむかって、あの人は歩いているのだろう。どんなに急いで歩いたところで、人が行く着くところはひとつなのだ。
 雲の上に住んでいる人は、私に気がついて、
「いい天気だねえ」
 といいました。
「ほんとに、いい天気ですね」
 私がいうと、その人は立ち止まって、私をみました。
 私は、雲の上に住んでいる人の声が聞きたくて、その人の言葉を待っていたのですが、眼は合ったまま、その人はなにもいいません。
 なにかを言おうとしていました。私にかける言葉を探しているらしいのですが、みつからないのです。
 そのうちに、言葉を探している自分をあきらめて、その自分からも離れるように、その人は横顔をみせて、行ってしまいました。
 私はその人が、ほんとうに神様か、でなければ風のように思えてきました。
 もしかすると、メルママの家の裏山から、風の神様がおりてきのかもしれません。
 私は神様の声も、風の言葉も聞きたくて、その人のうしろ姿を見守っていたのですが、川があまりに饒舌で、つい、川の声に耳を奪われていました。
 川の音は光でした。それが風に吹かれて、あたり一面に散らばっていました。
 私は川の声を浴びているのが心地よくて、ゆっくりと、ゆっくりと歩きはじめていたのでした。


コメント

Re: 裏山の神様

Uさんへ

メルアドの変更連絡ありがとうございました。
「裏山の神様」久しぶりのUさんの記事というより
エッセイというか、ポエム。
いい雰囲気を醸し出していて、ほんわかと温かい
気持ちになるんですよね。

今度は遭難しないようにしますが、その前に一杯
やりたいですね。

Re: 裏山の神様

タマボブさん、お元気ですか。
ホームページを拝見させていただきました。生活を楽しんでいる様子がうかがえて、よかったよかった!

6月からはいよいよ大鹿村へ行っちゃいます。下伊那漁協の漁業権を買う都合もあって、住所も大鹿村へ移します。

その下伊那漁協に行ってみましたら、なんと! 表玄関に45センチの天竜アマゴの写真が鎮座しておりました。
大物を釣るだけが釣りではないと知っているつもりでしたが、あんなモンスターを見たら、やっぱり興奮してしまいました。
で、釣り具屋で、もっか本流竿を物色しています。

それにしても、あのときは本当にうろたえてしまいました。
帰りの道中で、パトカーのお巡りさんが笑ってくれたのが救いです。
ほんとうに、何事もなくてよかった。

また一杯を、いっぱいやりましょう!

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