雨の夜の訪問者 

カテゴリ:相方Uさんの記事

  
  雨の夜の訪問者
 


 メルママと暮らしはじめるまえのことです。
 五月連休に友人とメルママの家を初めて訪れたとき、鹿塩温泉をすぎたところにある急な坂をのぼったところで、私たちは困惑をしていました。
 来た道をひきかえし、鹿塩川の分岐から何度もやり直すのですが、メルママの家はみつかりません。
 メルママに描いてもらった地図では、塩川をずっとさかのぼるとなっていたのですが、あたりの景色からは、その坂から上に家があるとは思えませんでした。
 私たちは途方にくれながら、ともかく、坂から上に行ってみることにしました。
 まさかその先に人家はないだろうと、塩川に沿った急な道をおそるおそるゆくと、やがて平屋の大きな家がみえてきました。それが築二百年のメルママの古民家だったのです。
 その家は、そこにあるのが当然といわんばかりに、微動だもしない貫禄のようなものを漂わせ、周囲の山々と呼吸をあわせて静まっていました。
 こうしてたどり着いたメルママの家は、ケイタイ電話の電波もとどかない世界でした。それだけでも、時代からおき去りにされているようでしたが、そのときはテレビもなかったのです。

 それから、三か月ほどがたちました。
 メルママと十日間の予定でその家にやってきました。
 メルママの家は、なにか、この世の果てのような気がしました。
 昼となく、夜となく聞こえていた塩川の音は、いつしか聞こえなくなっていました。心臓の鼓動がふだん聞こえないように、塩川谷に木霊している川音は、私のからだの一部になってしまったのでしょうか。
 そんなときです。メルママの家に何者かがやってきたのです。
 ある夜のことでした。突然、大風が吹きました。
 なにか、強い力が山の上のほうからやってきて、谷を真っ逆さまにくだると、その勢いのまま谷を駆けのぼって山の頂にたっして、びゅうと音をたてて真っ暗な空に消え去ってゆきました。
 万物を支配している何物かの存在を感じさせるに十分な、黒々とした塊が谷を駆け抜けていったようです。
 私とメルママは眼をあわせると、夕食を早々にすませ、床につきました。
 その夜中のことです。無数の石を屋根に叩きつけているような音で、私は眼をさましました。
 となりをみると、メルママはいません。
 食堂にゆくと、メルママはストーブをたいて、リクライニングチェアーに横たわり、眼を閉じて、じっとしていました。家を揺るがせる大音響に、メルママも不安になっているのでしょう。
 メルママのとなりに私は横になりました。屋根の上では、何者かが石つぶてを全力で投げつけているらしい音がしています。私は不安になりながら、神奈川県の山北町でみた百万遍念仏を思い出しました。
 それは立春をすぎた日のことでした。
 ひとたちは寺の道場に集まって、滑車に吊りさげた大数珠をまわしつづけるのですが、そのとき数珠を床に叩きつけて、大きな音をたてるのが習わしです。音は神さまのありかだからです。  
 音は神です。音に神が宿っています。音のするところに神さまが今、いらっしゃいます。してみると、私が毎日つつまれていた塩川の水音は、神さまが私を抱いている姿なのかもしれません。
 今まさにメルママの家の屋根の上で大きな音をたてているのは、神さまかもしれません。
 屋根のうえに今いらっしゃる神さまを、私は見たくなって、ドアを開けました。
 あたりは真の闇で、なにも見えません。
 その闇のなかから、雨が降っているらしい音が聞こえてきました。
 それは囁くように静かな、優しい雨音でした。
 そのあまりの静けさは、意外で、足元も見えない闇に吸い込まれそうでした。
 家にはいって、ドアを閉めると、屋根の上のあの音は聞こえていました。
 キツネにつままれているようで、私はまたドアをあけ、外に出てみました。そこには闇が深々とひろがっていて、私を抱くように優しい雨音をたてていたのです。
 私は家にはいって、ドアを閉めました。
 屋根の上では、あの音は聞こえています。
 メルママのとなりに横になって、眼を閉じました。
 屋根の上の喧騒とはべつに、薪のはぜる音が聞こえてきました。屋根の上の何者かが、煙突の中をとおって、家に入ってきたのかもしれません。
 メルママは起きあがって、薪からたちのぼる炎を見ていまました。私も起きあがって、闇に灯りをともしているような光をみていました。
 その明かりがたてる音はあかるく、自らがぱちぱちと音をたてることを、自らが楽しんでいるようでした。
 私たちはなにも心配をする必要はなかったのです。
 自ら、この世の色を変えればいいだけいのことなのです。
 万物を支配している何者かは微笑んでいました。
 私たちは安心しました。
 ベッドにもどって、横になりました。屋根の上の騒ぎはつづいていましたが、私たちはその音につつまれて、安心して眠りについたのでした。

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